2018年12月2日日曜日

ADDICTIONS HISTORY 刺繍屋アディクションズの歴史

1996 刺繍修行時代。個人ブランドとしてアディクションズ設立
 20代の頃はバイトと海外生活に明け暮れていましたがネパールで出会った”刺繍”に魅せられ、28才の時に横浜の刺繍会社に入社。刺繍工場の現場作業・営業・データ作成を学びながら、横振りミシンを購入して自宅で独学。この頃からADDICTIONSの名前でTシャツやステッカーなどをMacでデザインし原宿などで販売していた。

高円寺阿波踊りの浴衣に虎刺繍

WARP magazine(1997)
裏原宿のM'GARAGE×Shakin'のピンストMA-1は一斉を風靡した

   
当時の愛車は'79ショベルFL(まだマンションの1階にあったイーストアーバンでカスタム)




1999 横浜のミスミエンジニアリングの工場の一角で開業
ハーレーパーツ工場の片隅、机ひとつパソコン1台からアディクションズは始まりました。まだ実績も信用もなかったので高額なミシンと刺繍ソフトはローンが組めず、リース契約だった。徐々にお客さんも仕事も増えてくるとミシンも2台、3台と増設していきました。そんな光景をミスミに来たお客さんに「まるでどこかの国の秘密工場」と言われた。

やってることは今も昔も変わらないのだけれど、当時はまだ自社ホームページやネットでのオーダーシステム通販が珍しい時代だった。

ASJ(アディクションズ・スーベニア・ジャケット)シリーズもここから始まりました。2001年から2009年までの間に11種のスカジャンとスカジャケット、スカベストの計13シリーズまで製作しました。アディクションズ製スカジャンの歴史を見る。


 今だから出せるけどこんなパッチの仕事もきました


イラストレーターもフォトショップも独学で覚えて色んなデザインを作りました。

ロックバンドのCDジャケットもデザインさせていただきました。


ショベルを下取りに新車(1997)のEVOロードキングに乗り換える。雨の日も雪の日も毎日バイク通勤。しかし5年後に自宅駐車場で盗難される。その後中古のツインカムダイナFXDXを一国オート(当時)で購入してそのままフルカスタム

'04クールブレイカーにミスミエンジニアリングのデモ車として展示




2003 東京世田谷の若林に店舗オープン
地元の世田谷に戻り念願の店舗オープン。
10坪のかわいいお店でしたが2年後に大家さんがこの店舗も含めた不動産売却したために2年半くらいで移転する事になりました。

 先輩や知り合いの大工さんに床張りや玄関を作っていただきました。

バイクは店の中に入れて(こちらも念願の室内保管)自転車通勤でした。

この頃からVIBES誌に広告を出すようになりイベントにも出るようになりました。

FXDXもイメージチェンジしました(photo TAKA masui)




2006 同じく世田谷の豪徳寺商店街に移転
招き猫の街、豪徳寺商店街に移転しました。明るく賑やかな商店街でお客さんや仕事もさらに増えました。バイトさんも7人在籍しており服が作れたり染め物やレザークラフトができたりしたのでアディクションズのオリジナル商品が充実していたのがこの頃です。メディア(雑誌、新聞、ラジオ、TV)にも多く取り上げて頂きました。またミシンバイクをイベントに持って行きネームワッペンをその場で作成するというサービスも好評いただきました。商売的にはまちがえなく大成功。絶頂期がここ豪徳寺時代でした。

豪徳寺店舗前
FXDXも零戦仕様にイメージチェンジしました

イベント風景
横浜Hot Rod custom show、ブルスカ、アメフェス、Kick back meeting、MOON motorcycle show、稲妻FestivalそしてVIBES meetingにはこの時から出店して記念Tシャツも販売するようになりました。

雑誌の特集記事
CLUB HARLEY、VIBES


東京新聞(2009)

刺繍もいっぱい作りました。豪徳寺時代の最高傑作はコレJohney's!

 アイドルグループやお笑い劇場のワッペン、舞台衣装の刺繍など製作させていただきました

CMに映るのはたったコンマ何秒、それでもやり甲斐のある仕事でした

TV東京「出没!アド街ック天国」の撮影

 
O.Aの1時間後には番組で紹介されたスカジャンはメールオーダーで完売してしまった。それでもジャンジャン注文メールが入ってくる。翌日店に行くとなんとオープンを待つ人の行列ができていた!(笑)テレビの力は恐ろしい。




2010 沖縄県名護市の屋我地島に移転(住居兼作業場)
絶好調だった東京時代でしたが、たいした理由もなくいきなり沖縄に移住しました。
しかも42歳厄年!20代の頃はよく海外を旅してましたが 、そんなノリに近いかもしれません。
「そうだ沖縄に行こう」
ミシンと家財道具はコンテナで送って自分はバイク自走で沖縄まで行きました。

これが関係各位様にいきなり送りつけた案内状。自分ではサプライズ的に狙ったのですが周りの反応がそんなでもなく拍子抜けw これからは好きな事だけしよう。

通勤も無い、商店街も無い、お客さんもバイトも来ない。
あるモノは目の前の海と自然。
 いままでと180度変わったアディクションズの環境。
でもこれを求めて来た。
移住1年目は激動の年で何から何まで変わった。

 FXDXも沖縄仕様にイメージチェンジしてます

移住後、某フリーマガジンに1ページの広告を出す。広告の内容はFrom Y!という沖縄の情報を記事にしたものでVo.3で終了

 
そして移住2年目の3月11日に東日本大震災が起こりました。ここからアディクションズの義援パッチは始まりました。東北以外でも災害が起きた時に義援パッチを作りました。(東北、伊豆、和歌山、ネパール、広島、パラオ、熊本、九州北部、台湾、真備、北海道、栃木)これからも全額寄付で支援します。まず10年は続けていきたいと思います。アディクションズの義援パッチ




2012 屋我地島の高台にある300坪の敷地に住居兼作業場を新築
土地の購入や家を新築するとか今までの人生でそんなこと考えたことありませんでした。
沖縄に来てから力を抜いて流されるままに生きておりましたら色んな物事が勝手に進んでいくのでした。


芝生の庭にヤシの木

 
 憧れの自販機も建物とをなじイエローに

部屋の一室は作業場兼ショップになってます



家が出来るまで撮りためていた写真を繋いで動画にしてみました。

 FXDXもまたまたイメージチェンジしてます。
庭でもビーチでも、とにかくキャンプ三昧の日々でした。




2015 敷地内にコンテナハウスでSHOP(ヤガジガレージストア)オープン
住居と仕事場を完全に分けるため敷地内にショップを作りました。

かっこいいショップ造りを研究したらコンテナハウスに行き着きました。


コンテナの中の様子

ロケーションも良かったのでバイクツーリングや沖縄観光の友達など多くの方が訪れてくれました。
 有り難う御座いました。



2017 敷地内にコンテナハウスで宿泊施設(アイアンコテージ)オープン
また思いつきで鉄のコテージを作りました。内装もかなり拘りました。1年目は工事ミスで雨漏りとかで悩まされましたがコテージの評判は良く、ロケーション撮影などにも使われました。

 表向きは倉庫風

 中はインダストリアルな空間

 アイアンバスタブ・五右衛門風呂

検索 THE IRON COTTAGE 


バイクはいつの間にか5台に増えていた。 FXDXもまたイメージチェンジしてます




2019年2月 今度は広島に移転しました
沖縄でガレージストア、アイアンコテージと事業を拡張していき充実した日々を過ごしていましたが運命の流れには逆らえません。なぜかうまく行き過ぎると新しい土地へと流れるようです。

横浜で開業して東京出店、沖縄移住そして次のステージは広島です。ここに至るまでには、親、兄弟、親戚、友達、家族ののおかげでなんとかやってこれました。本当にありがとうございます。今回の広島での新築/移転でも奇跡的なことが色々起こりました。もちろん本業の刺繍製作もバリバリ稼働中ですのでパッチのご用命がありましたら宜しくお願い致します。
 
広島に来てBMWを手に入れました!
もちろんハーレーもまだあります。

これからも
Keep on rollin'!!